プミポン国王ご逝去当日のバンコクの様子と今後のナイトスポット

2016年10月13日タイのプミポン国王(ラーマ9世)がご逝去。88歳没。在位期間は70年4ヶ月。18歳で国王に即位した。

プミポン国王は世界で最も長い在位としても有名な王様。タイで政治の混乱が起きた時には安定の要となっていた。プミポン国王は国民に愛され絶大な人気を誇っていた王様であった。

そんなタイのプミポン国王がお亡くなりになった。タイの日常はどういったものになるのか。さらにはナイトスポットとして有名なゴーゴーバーが集う、ソイカウボーイやナナプラザは今後どのように営業をしていくのか解説していきます。[the_ad id=”13198″]

タイのプミポン国王ご逝去

2016年10月13日の19時、タイのテレビを通じて国王の死去が国民に伝えられた。ここ約1年体調不良のためバンコクのシリラート病院に入院していた。

シリラート病院は王宮エリアにある病院

シリラート病院はチョプラヤー川をへだてトンブリ地区にある。タイの観光地として有名な王宮やワットポー、暁の塔などの近くにある。

Googleマップで確認
シリラート病院場所詳細

 

プミポン国王はこの王宮近くのシリラート病院で2016年10月13日15時52分に崩御された。タイ国民にはテレビを通して午後19時に正式に発表。

プミポン国王の近年体調振り

2014年10月に胆のうの摘出手術を受けた。その後に肺炎なども患い、シリラート病院でご休養されていた。さらに2016年6月にも心臓の手術を受ける。術後の経過は良好とされていた。

2016年10月12日(国王前日)

血圧が低下し、心拍数が上昇。さらに肝機能に異常と容態は深刻であるとプミンポン国王のご容態の様子が発表される。シリラート病院周辺にはプミポン国王の回復を祈り1000人近く押しかけた。

 

プミポン国王ご逝去当日のバンコク市内の様子 

img_0929普段は広告が表示されているモニターなどでも国王がご逝去された事が国民に伝えられた。

街を歩いている現地タイ人の様子を観察したが、いつもと変わらぬ日常風景のように見えたが、街を行き来するタイ人の表情は寂しげでいつもより暗い表情だったかのようにも感じた。

 

ナイトスポットはどうなったの?

img_0860プミポン国王がご逝去されたと報道された時間は午後19時。21:30にはゴーゴーバーが集結するナイトスポットとして有名なナナプラザは完全に全店舗営業を停止した。

 

img_0850ナナプラザ前にあるバービアも同等に営業を停止した。状況を理解していないナナプラザに来た観光客は、なぜ営業していないの?といった感じでがっかりし、消灯し静まり帰ったナナプラザを眺めていた。[the_ad id=”13202″]

 

ソイカウボーイは全力で営業していた!

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ソイカウボーイのゴーゴーバーは営業が正式に禁止されるまでは店を開けて稼いでやろうというスタイルだったが、2店舗のゴーゴーバーだけ自主的に完全に営業をいち早く打ち切っていた。

 

いち早く営業を打ち切ったのは、この2店舗

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その他の店舗ではゴーゴー嬢がステージでいつも通りヒャッホーイ!とダンシングしたり、ドリンクくれくれ攻撃をしたりと、いつもの変わらぬゴーゴーバーであった。

 

プミポン国王ご逝去された次の日。

img_0987バンコクの学校の前には国王の献花台が設置されていた。通りすがる人はプミポン国王の献花台に向かって両手を合わせ通り過ぎていく。街を歩くタイ人の8割は黒やダークグレーなどの洋服を着ている。

ゴーゴーバーなどの営業は3日間は営業を停止するという予想をゴーゴーのママが言っていた。少なくとも営業時間を短縮したりすることにはなる。

 

バービアはオープン!

バンコクに旅行に来てうっしゃ!ゴーゴーで炸裂させたるでぇ!と意気込んでいた紳士も今回ばかしは諦めるしかない。ゴーゴーバーの他にもバンコクにはバービアなど遊べるナイトスポットがあるのを忘れてはならない。

img_0941バンコクのバービア街として有名なのがスクンビットのソイ22の通りにあるバービアである。その中でもクイーンパークプラザ(Queen’s Park Plaza)という施設に多くのバービアが集結している。

クイーンパークプラザ場所
Googleマップで確認

タクシー運転手にスクンビットソイ22と伝えればok!ここのバービアのタイっ子の話だといつも通りに営業をしていくとの事。しかし入り口ゲートのクイーンパークプラザの看板のネオンが付いていないのは壊れたのか自粛しているアピールなのかは不明。

  

タイ人にとって国王は大きな存在

img_0989プミポン国王はタイの紙幣にも描かれている。その他にも高層ビルなどにも国王の絵画が描かれているのを多く目にする。

国王様が私たちが善い行いを心がけるように律してくれるからという理由で各家庭には国王の絵画を壁に掛けている。

 

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12月5日はプミポン国王お誕生の日

このように12月5日には各場所にあるプミポン国王の絵画に集まり国王の誕生日を祝賀するのが毎年恒例の行事となっていた。

 

我らのア・アーイちゃんも国王ご誕生日の祝典に参加

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12月5日の恒例イベントであったプミポン国王誕生の祝典にタイで芸能活動をする我らのア・アーイちゃんも参加し親愛なるプミンポン国王の誕生日を祝っていた。

 

プミポン国王ご逝去後のテレビ放送

img_0227プミポン国王が死去した後のテレビ放送はプミポン国王がタイ全土を回り民のために労を尽くす生前の映像がループ放送されている。

 

プミポン国王の歌

タイのプミポン国王の苦労や民を思う気持ちが歌にされている。歌には複数バージョンがあるが、その歌の歌詞の内容は民のために労を尽くし汗を流すプミポン国王様に感謝を讃えるという内容である。

プミポン国王の歌の一つに「王の軌跡をだどって」という歌がある。(タームローイプラーチャーตามรอยพระราชา)

thaiking-rama95子供達がプミポン国王はどうして、いつも地図をもっているの?どうして王様なのに汗をかいているの?といった問いかけを答えていく内容を歌にしたものである。この歌の歌詞が素晴らしいので紹介していきます。

 

 

どうして王様は山奥まで歩いていくの?

s12-390-2それは遠く離れた人たちを気にかけてらっしゃるからだよ。

 

どうして王様なのに汗をかいているの?

thaiking-rama92それは長年ずっと力を尽くして働いてこられたからだよ。

 

どうして王様はいつも地図を持っているの?

thaiking-rama94それはタイという国を全て目にされたいからだよ。

 

なんで王様は水の中を歩かなきゃ行けないの?

それは、ご自分が苦労なさってもみんなに楽をさせるためだよ。

 

なんで王様はこんな事をしなきゃいけないの?

t0005_0008_01それはみんなが幸せな人生を送れるように願っておられるからだよ。

王はこれまでずっと私たちのために苦労なさってきた。これからは王に幸せになってもらう時だ。みんなで身をもって心から善を成そう。王様が歩まれた足跡をたどっていこう。

 

どうして王様は休まないの?

t0007_0010_01みんなの事を深く愛しているから決して休む事はないんだよ。

 

 

私たち王様のためにいい子になりたいな。

学問に励み、努力を惜しまず、足るを知らなきゃいけないよ。

 

 

thaiking-rama9今から万年の後には父さん(国王)が植えた木は、きっと美しく、あでやかに、そして雄大になっている。みんなが一つの土となって父さん(国王)を幸せにしよう。父さんがこれまでみたいに大変な思いをしなくていいように。

父さんの後をたどります。足を知るという言葉を心に刻んで。

父さんのよき子供になります。愛と誠の心を胸に。これからずっと。

 

YouTube 王の軌跡をたどって

 

王様の歌 えなねこのオススメ

 

プミポン国王ご逝去翌日のバンコクの様子

プミポン国王ご逝去翌日のバンコクの様子

2016.10.15

 

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